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キャノンの時間感覚”1秒の視点”                                                                                  

 
  人が手を20センチ動かすと1秒、
     1歩歩くには0.8秒
     90度振り向くと0.6秒かかります。
 
 部品を取りに行くのに、その都度歩いていく、
 遠くまで手を伸ばす。それがたとえ1回あたり30秒でも、
 1日に100回やれば50分のムダ。
 それを100人の作業者がやれば膨大な時間のロスになる。
 そういう時間感覚で、ムダな動作をなくしていきましょうということです。
                    キャノン映像事務機阿見工場・工場長 石井 裕士
 

 
 キャノンでは全工場でベルトコンベヤーによるライン生産に代わり、「セル」方式が導入されている。
 「セル」とは細胞のことで、作業員が組み立てラインの一部分を担当するコンベヤー方式と違い、
 一人もしくは少人数のチームで、複数の工程を一貫して責任を負い、商品を完成させる方式のこと。

 エクセルのような表計算ソフトの1マスも「セル」とよばる。

 一見、手作業に戻っただけと見えるセル方式の方が、コンベヤー方式より生産性が高いという。
 NECやソニーではいち早く導入しており、キャノンはその導入事例を見学してから決定したらしい。

 コンベヤー方式は一定のスピードで作業する。
 しかもラインでの流れ作業のため、一番能率の悪い人に生産性を合わせなくてはならない。
 それが『ボトルネック』となる。
 あのエリヤフ ゴールドラットの超ベストセラー『ザ・ゴール』でもしきりに述べられていたポイントである。

 これに対し、「セル」方式の場合、流れ作業ではなく作業員のペースで仕事をするので習熟に伴い、
 全体の生産性がだんだん上がっていく。

 また、コンベヤーなら一人が受け持つ部品は数点で作業時間も1、2分なのに対し、
 セル方式だと一人が3桁以上の工程を一人でやるため筋道の通った作業になり、
 かえっておかしな失敗は起きにくく、また作業員のやる気や集中力も増す。

 ■
 
 なるほど流れ作業は、役割分担をして、
 その技術習得にもそれほど時間がかからず、一見効率が良いように思える。
 産業革命以来、大量生産の技術はどんどん進化し、
 人手を介さず工業用ロボットなどもずいぶん進化を遂げた。

 しかし、市場トレンドは、つくれば何でも売れる時代から、
 個人のニーズが優先される多品種少量生産へと変わってきた。
 キャノンでは、需要動向に柔軟に対応するため、部品調達から生産、販売までを
 一本の流れとして管理するサプライチェーンマネジメント(SCM)を強化し、
 それとセットで進めたのが、この「セル」方式らしい。

 さらに、実際セル方式の作業場では、
 取り付けるパーツを作業員の手の届きやすいところに置いたり、
 部品置き場との距離を短くするなど、
 動作のムダ、運搬のムダ、滞留のムダの徹底的な排除が行われたそうだ。

 ■
 
 キャノンというメーカーは、”1秒の視点”という時間感覚をもつことによって、
 秒単位、いやコンマ何秒の世界で作業のムダを排除し、
 生産性を上げるための努力を積み重ねている。

 この時間感覚こそ、われわれビジネスマンが持つべき重要な要素だと思う。

 ■
 
 例のリズ・ダベンポートのベストセラー
 の中でも、
 平均的に人は探し物をするためだけに1年間で150時間も浪費している
 と驚くべき数字があげられ、頭をガツンとやられた。
 
 そこで作業効率の高い、自分専用のコックピットを作る重要性が述べられている。
 さっそく自分もと取り組んだが、
 今回はそれをはるかに凌ぐすさまじいまでの時間感覚である。

 ■
 
 われわれビジネスマンは、
 ムダをおかしていてもとがめられない環境の中で、
 しらないうちに生産性を低下させている可能性がある。
 
 もしかしたら、単なる探し物のために走り回っていたとしても、
 「あいつはよくがんばっている」と逆に評価される場合だってあるかもしれない。

 たしかに仕事の中には、
 休憩や気分転換といった、余裕の部分も必要ではある。
 しかし、時間という限られた資源をどう有効に活用するかを
 もっと真剣に考えれば、改善の余地はまだまだあるはずだ。

 ■
 
 作業の生産性をあげるために、あえてセル方式を採用した点は、
 私が経験した「タイピング技術の習得」とつながるものがあるように思う。

 私は、19歳からパソコンを始め、
パソコン暦はすでに25年以上になる。
 昔はソフトも高く、そうそうソフトを購入するということはできなかった。
 そこで、雑誌のプログラムをひたすら間違いなく入力するということによって、
 おカネをかけずにパソコンゲームを楽しんだ。
 そのような経験を通して、
 タイピングは、キーボードを見ながらでもかなりのスピードで打てるようになった。

 しかし、ある程度のレベルまでくると、それ以上速く入力することはできない。
 いわゆる技術の「壁」である。
 その「壁」を越えるためには、ブラインドタッチという新たな技術を身に付ける必要がある。
 そう考えて練習を始めると、ブラインドタッチを習得するまでの一時期、
 そのスピードが低下するという苦しい時期がある。
 しかしこれを越えると、それまでとは違う一段高いレベルでの時間短縮が可能になった。

 ■
 
 このセル方式においても、コンベヤー方式の生産性の壁を突き破るために、
 一時期の生産性のダウンがあったとしても、あえて導入することによって、
 さらなる生産性向上を目指したのだと思われる。

 ■
 
 (まとめ)
 
 新しい技術の習得が、生産性を高める。
 そのためには、1秒単位の時間もムダにしないという厳しい時間感覚と強い意志をもって、
 自分の行動を見つめる必要がある。

 
                                         『PRESIDENT』2003.8.4号
特集キャノン式「儲かる仕事術」p64より
 
2003.07.27