小説
ある晴れた日に、墓じまい
頑固な父親と、家出した借金をかかえた兄、施設に入っている姉をもつ正美さんが、父の急死、相続、実家じまい、そしてお墓を移転して樹木葬するまでを経験していく物語です。
引用 QUOTATION
しかし、本だけは多い。本さえあればたいていの問題に対して目をつぶれる。それは「好き」というよりは「習慣」であり「依存」だった。正美にとって本とは「米」や「布団」と同等の必需品で、それにお小遣い銭のほとんどを費やすのは当然のことなのだ。いや、本は「防空壕」を「シェルター」と同等の、生きるための避難所だった。何からの避難?人生から。家族から。― p.28
だれかが亡くなると、「○○さんは、わたしの胸の中で生きている」などというフレーズが、フィクションにノンフィクションにつけ、むかしからよく使いまわされている。それもまた、ちがうと思う。(それって、ただの思い出だよね)亡くなった人間の「思想」や「仕事」こそが、不滅なのだ。たとえば、夏目漱石のことを、ことさらに故人として認識したりしない。つまり、夏目漱石は、死んでいない。不死不可(不老不死)とは、そういうことではないかと思う。― p.34
後に残ってしまったら、どうしても若い連中に世話をかけてしまうでしょう。あのね、ぼくはいうのを聞いていると、腹が立つんです。―むかしみたいに、家族の絆を取り戻そう―というやつね。あんなの、きれいごとだ。頭の中だけのことだから、いえるんですよ。いざ自分の身に降りかかってみなさい。家族の絆を憲法みたいに振りかざして、おれを大事にしろなんて、いえるもんじゃない。― p.68
死が消滅でないのならば、いつか自分もここに来るのだ。そして、また別のだれかとして、この世に生まれるかもしれない。だとしたら、自分にとっても、先祖たちにとっても、女市(めいち)にとっても、名にとっても、ここもまた仮の積み下ろし(積み出し)処だ。― p.165
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