終活・供養
無縁仏でいい、という選択
日本の仏教や葬送の歴史をひもときながら、葬式・戒名・火葬・埋葬の風習を解説し、現代における「無縁仏」の増加や、墳墓制度が抱える問題に踏み込んだ一冊です。
- 寺檀制度や葬式仏教を支えてきた経済的基盤が、いま崩れつつある。
- 死者を手厚く葬り、戒名を授け、代々のお墓を守る文化そのものが大きく変化している。
- 「究極の0葬」こそ、無縁仏になることを運命づけられている私たちに、もっともふさわしい葬られ方だと結論づけている。
引用 QUOTATION
「長い老後を考えると、「とりあえず死ぬまで生きよう」では済まされない。老後の人生設計がどうしても必要になってきたのだ。
これが死生観Bの時代の考え方である。長寿を前提に、死ぬまでの自分の人生を設計し、その設計図に従って段階を踏んで生きていかなければならなくなったのだ。これが死生観Bである。」― p.170
火葬した骨を撒くわけで、そうした骨は硬くセラミック状になっている。そのため、実際には、そう簡単に自然には還らないのだ。リン酸カルシウムである遺骨は微生物によって短期間で分解されることはない。粉骨して撒くので、海流によって拡散し、さらに細かくなったりはするが、溶けてなくなるわけではないのである。― p.217
海洋散骨について考えた記録は、ブログ「海へ還る日」にまとめています。
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