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僕とパソコンの45年

1980年のPC-8001から、現在のMacBook+AIまで。 とくじぃが歩んできた45年のパソコン人生を、年表でたどります。

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40代の頃につけていた手書きの「自分年表」に、その時々のパソコンのことがびっしり書き込んでありました。 そこからパソコンの歴史だけを抜き出して、一つにまとめたのがこの「ぼくとパソコンの45年」です。 19歳で出会った8ビット機から、AIと一緒にホームページを作る今日まで── 振り返ると、人生の節目にはいつもパソコンがありました。

NEC PC-8001の実機写真
NEC PC-8001 写真:Wikimedia Commons(CC0)
1980年(19歳)

はじめてのパソコン ── NEC PC-8001

大学生になった年、初めてパソコンと出会いました。緑色の文字が光るモニタに向かって、BASICでプログラムを打ち込む。カセットテープにデータを保存する時代です。ここからパソコン人生が始まりました。

8ビットBASICMS-DOSカセットテープ保存

NEC PC-8001mkIIの実機写真
NEC PC-8001mkII 写真:Wikimedia Commons(CC0)
1983年ごろ(22歳)

2台目 ── PC-8001mkII

大学生から社会人になる頃、後継機のPC-8001mkIIに買い替え。カラー表示が豊かになり、できることがぐっと広がりました。塾講師の仕事を始めた時期とも重なります。BASICで中学校別平均点集計プログラムを作り、塾長に認めてもらって塾にもパソコンを購入してもらいました。

カラー表示BASICでプログラミング

NEC PC-8801とキーボードの実機写真
NEC PC-8801 写真:phreakindee/Wikimedia Commons(CC0)
1984〜85年ごろ(23〜24歳ごろ)

PC-8801時代 ── 漢字BASICで仕事のプログラムへ

PC-8001から、後のPC-9801へ進む前に、PC-8801を使っていた時代がありました。大きかったのは「漢字BASIC」です。初めて漢字が使えるようになり、画面に出せる情報が増えて、プログラムもようやく本格化していきました。

この頃は、塾の成績処理だけでなく、給与計算もBASICで作成していました。点数や氏名、支給額を扱う仕事のプログラムを、自分の手で組み立てていく。趣味の延長だったパソコンが、仕事を支える道具へ変わっていった時期です。

PC-8801漢字BASIC成績処理給与計算仕事のプログラム

シャープの日本語ワープロ「書院」の実機写真
シャープ 書院(写真は後年のWD-J150) 写真:Yyyuuki/Wikimedia CommonsCC BY-SA 4.0
1986年ごろ〜(25歳〜)

シャープ「ミニ書院」とパソコン通信の時代

長く愛用したのが、シャープの日本語ワープロ「ミニ書院」です。最初は3行だけがグリーンのディスプレイに表示される小さな機種。そこからデスクトップ型になり、やがてフロッピーディスクを2枚差せる2デッキ搭載型へと、買い替えながら進化を追いかけました。

自分でも何台も買いましたが、塾のプリント作成が、一時期ほとんどミニ書院でまかなわれていた時代もありました。1987年には家族新聞「熊谷ファミリーニュース」を創刊。同じ頃パソコン通信も始め、オフ会に夫婦で参加したり、PC-VANにつないだり。電話回線の向こうに人がいる感動は、今のSNSの原体験です。

ミニ書院3行グリーン画面フロッピー2デッキ塾プリントパソコン通信家族新聞創刊

NEC PC-9801NS/R(98ノート)の実機写真
98ノート(写真は同シリーズのPC-9801NS/R) 写真:Darklanlan/Wikimedia CommonsCC BY 4.0
1992年ごろ(31歳)

はじめてのノートパソコン ── PC-9801NS/T

国民機と呼ばれたNECの98シリーズのノート型。表計算ソフト「ロータス1-2-3」を使い、仕事の集計もパソコンでこなすように。持ち運べるパソコンは当時の憧れでした。

98ノートロータス1-2-3MS-DOS

Apple Macintosh Performa 6400シリーズの実機写真(モニタ・本体・キーボード一式)
Macintosh Performa 6400/180(写真は同シリーズ) 写真:Bordeauxinho/Wikimedia Commons(CC0)
1995年(34歳)

ついにインターネットへ ── Apple Macintosh Performa

ボーナスを握りしめて、Apple Macintosh Performa(6410だったか、そんな型番)を本体・モニタ・プリンタ・スキャナまとめて100万円ほどで購入。清水の舞台から飛び降りる思いの、大きな買い物でした。

この真っ白なMacで、はじめてインターネットに接続しました。当時のブラウザはネットスケープ(Netscape Navigator)モザイク(NCSA Mosaic)。インターネットエクスプローラーはまだ使っていませんでした。その年の7月6日には、早くも自分のホームページを作っています。「自分の発信を世界中の人が見られる」──あのワクワクは今も忘れません。tokupapa.comの原点です。

N
Netscape
Navigator
NCSA
Mosaic

このMacには、アップルの遊びゴコロにも感動しました。ファイルをゴミ箱に捨てるとカシャカシャと紙を丸める音がして、ゴミ箱がぷくっとふくらむ。スクリーンセーバーではミッキーがいろんな動きを見せてくれる。使うたびに笑顔になりました。

さらに忘れられないのが、故障したときのこと。宅配便の箱がわが家まで届き、そのまま回収してもらえる修理の仕組みに驚きました。当時のNECのような国内メーカーには真似のできない、それまで経験したことのないサービスで、心から感動したのを今でも鮮明に覚えています。

Macintosh Performaインターネット初接続ネットスケープモザイクホームページ製作アップルの遊びゴコロ

NEC LaVie / VBA自作の時代
1997〜99年(36〜38歳)

LaVieとプログラミング自作の時代

NECのLaVieを相棒に、Access入門、そしてVBAを学習。請求書発行システムや定期テスト分析プログラムを自作して、仕事の現場で実際に使いました。メール新聞「とくパパメール通信」「とくパパ日記」の発行も始め、発信活動が本格化します。

AccessVBAWindows2000導入メール新聞発行

とくじぃが愛用したGatewayのデスクトップ一式(モニタ・キーボード・牛柄マウスパッド)の実機写真
愛用したGateway一式(牛柄マウスパッド付き) 写真:とくじぃ実機
1998〜2000年(37〜39歳)

Gateway ── 牛柄の箱で届いたパソコン

アメリカのGatewayは、ホルスタイン牛の模様(白地に黒ブチ)をあしらった牛柄の箱で有名でした。その箱が届くのが楽しみで、デスクトップを愛用。レーザープリンタやビデオボード、CD-RW、メモリ増設と、周辺機器の強化にも夢中になりました。2000年夏に日本ゲートウェイが撤退したニュースは、年表にわざわざ書き残すほどショックでした。

その後、メーカー製デスクトップはDellへと移っていきます(下の2006年を参照)。

Gateway牛柄の箱メモリ増設CD-RWレーザープリンタ

自分で組み立てた自作PCの内部(マザーボード・電源・配線)の実機写真
自分で組んだ自作PCの内部 写真:とくじぃ実機
2001年(40歳)

ついに自作PCへ ── Pentium 4マシン

40歳の年、パーツを一つずつ選んで、初めての自作PCを組み立てました。CPUはPentium 4。その後もパーツのオークション購入や、内蔵DVD-RWドライブの増設など、「中を開けて自分でいじる」楽しみを満喫しました。

自作PCPentium 4パーツ交換・増設

とくパパのブログ ブログ&メルマガ時代
2004〜05年(43〜44歳)

発信の時代 ── ブログとメルマガ創刊

ホームページ制作ソフトDreamweaverを購入し、楽天ブログを開設。そして2004年10月、メルマガ「NHKラジオ英会話300%フル活用術」を創刊しました。パソコンが「学んだことを発信する道具」になった時代。全2,364号のバックナンバーは今もこのサイトで読めます。

Dreamweaverブログ開設メルマガ創刊

とくじぃの部屋のデスク下に置かれたDELLタワー型パソコンの実機写真
わが家のDELL(2007年撮影) 写真:とくじぃ実機
2006年(45歳)

リビングにDELL

家族が集まるリビングにDELLのパソコンを設置。パソコンが書斎の道具から、家族みんなのそばにある道具へと変わっていきました。手書き年表のパソコン記録は、ひとまずここまで。

DELLリビングPC

愛用したシルバーのMacBook Airの実機写真
愛用したMacBook Air 写真:とくじぃ実機
2008年ごろ〜(40代後半)

初代MacBook Air と iMovie の時代

スティーブ・ジョブズが、あの有名な茶封筒からすっと薄いパソコンを取り出すプレゼンで初代MacBook Airを披露したとき、その薄さに感動してすぐに購入。同じころ、妻もiMacを手に入れ、我が家がぐっとアップル色に染まった時期です。

スティーブ・ジョブズが初代MacBook Airを手にしたプレゼン写真
Macworld 2008 写真:Matthew Yohe/Wikimedia CommonsCC BY 3.0

この頃夢中になったのが、iMovieを使った動画づくり。塾のガイダンス用に先輩からのメッセージをキャプション入りの動画にまとめたり、娘やその友達の結婚式のビデオ編集にはまったり。パソコンが「映像で気持ちを伝える道具」にもなった時代でした。

妻もiMacで、友達との旅行ムービーをiMovieで作って楽しんでいました。最近、その頃に作成した動画を取り出してMacBookへ移行。長く活躍してくれたiMacには、ようやく引退してもらうことにしました。

初代MacBook AiriMac(妻)iMovie結婚式ムービーガイダンス動画旅行ムービー動画移行

15インチと13インチのMacBook Airを並べてデータを転送している実機写真
13インチから15インチへ「情報を転送中」 写真:とくじぃ実機
2025年〜 現在

MacBook + AI ── 一番ワクワクしている今

2025年1月にリベシティへ入会したのをきっかけに、MacBook Airを購入。AIや仲間との学びが一気に広がりました。その1年後、使っていたMacBookを孫にプレゼントし、自分用にあらためて15インチのMacBook Airを買い直しました。

今の相棒は、その15インチMacBook。AI(Claude)と会話しながら、このtokupapa.comを作り、スライドを作り、写真をまとめ、毎日新しいことを覚えています。19歳でPC-8001に触れてから45年。パソコンの前で感じるワクワクは、あの頃と少しも変わりません。

リベシティ入会MacBook Air(15インチ)孫にプレゼントAI活用120歳まで学び続ける

道具は8ビット機からAIまで変わったけれど、
「新しいことを覚えるのが楽しい」は、45年間ずっと同じ。